美しき古裂の世界へのいざない 裂地コレクションで43年 川島織物セルコンのカレンダー
- CULTURE
1903(明治36)年、日本郵船は日本初の大型豪華客船「日光丸」をオーストラリア航路として就航させました。
当時の客船は船自体が、その国の科学技術と美術工芸を結集した文化使節とも言えるもので、一等談話室の内装を二代川島甚兵衞が手掛けました。
こちらが一等談話室です。
壁面に使用されているのが、神坂雪佳が描いた京都嵐山三船祭の三景をもとに綴織で織上げたパネルで、3点が使用されています。いずれも紅葉が見頃を迎えた美しい秋の風景と優雅な祭りの様子が、この部屋に彩りを添えています。
当時、製作された織物ですが、よく見ると、中央左上から斜め右下に向かって切断された跡があります。日光丸の建造に合わせて昼夜を分かたず製織を進め、ようやく3点の作品が完成しました。しかし、その内の1点が二代甚兵衞の意に叶わず、発注主である日本郵船からは“これでも良い”と承諾を得たものの、ただちに織り直し、後日改めて納める事となりました。
こちらはその時の織り直し前の作品です。二代甚兵衞は不良品として門外不出としていましたが、従業員が店舗のショーウィンドウに二度も陳列し、信用・信頼の失墜につながりかねないと激怒した二代甚兵衞が、自ら切断し、二度と陳列出来ない様にしました。
納得のいかないモノは、たとえ顧客から「よし」と言われても納めないという姿勢は、メーカーとして基本中の基本ではありますが、二代川島甚兵衞からは、良質なモノづくりに徹する強い気合が多くの場面で感じられます。この逸話は川島織物セルコンの「妥協を許さないモノづくりの精神」として、今日も従業員が受け継いでいます。
~快適な船旅と思い出を~「客船を彩る織物」