移ろいの中で紡ぐ景色の物語 – 四神が司る京都 – ミラノデザインウィーク2022を振り返って
- ART
「2024年は“黒”をテーマにしたいと思います」
ミラノデザインウィーク2024プロジェクトの発足時に、リーダーが放った一言に、現場の反応は冷ややかだった。
川島織物セルコンは、西陣織をルーツとする世界一美しいファブリックを織ることが出来る企業だと自負している。美しい織物とは、さまざまな色や素材を組み合わせて、豊かな表情を持たせたファブリックである・・・従業員の多くがそう信じて疑っていない。
なのに、なぜ、黒なのか?
目次
川島織物セルコンは、1889年のパリ万博をはじめ、明治期に万国博覧会など海外の展示会へ出展をしている。万博出展の経験やそこで得た知識が、その後の会社を大きく躍進させる原動力となっていたことは相違ない。そのリバイバルではないが、2019年よりミラノデザインウィークへの出展を始めた。当時に比べ世界との距離がずっと近くなった今、出展への苦労は比べものにはならないが、海外での技術紹介によって得られるものや経験は多くあると感じている。
ミラノデザインウィークは、例年4月に開催される世界最大規模の家具の見本市「ミラノサローネ国際家具見本市(以下:ミラノサローネ)」と、同期間にミラノ市内でさまざまなデザイナーや企業によって行われる展示のこと。カッシーナ、B&Bイタリア、カルテルなど日本でもおなじみのイタリアの一流家具ブランドはもちろん、日本からもカリモク家具、マルニ木工、リッツウェルなどがミラノサローネに出展をされるほか、ミラノ市内では、エルメス、ルイヴィトン、ディオール、ロエベなどのファッションブランドも魅力的な展示を行う。評判の高い展示は会期後半になると数時間待ちという行列が出来る一方で、今年はいまいちだったなどの忖度の無い辛口な評価も下されるのが、ミラノデザインウィークだ。また現在は、その評価はSNSで瞬く間に広まってしまう。
一流ブランドが、毎年、しのぎを削って展示を構成してくるような祭典なので、インスピレーションを得る場として世界中からデザインのプロフェッショナルが集結する。だから、まだ知名度の低い企業や小さな展示でも評価を得られるチャンスがある。一方で、評価に値しない出展が続くと、出展の継続が難しくなることも考えられる。(会場によっては、出展の際に事前審査もある)
懐が広くも厳しい評価も待っているミラノデザインウィークに出展し続けるには、我々のような資金も体力も限りがあるコンパクトな企業は、全力で知恵を絞り、全力で食らいついていかなければ来場者には見向きもされないという現実が待っている。
ミラノデザインウィークの可能性も魔物も少しずつ分かってきたつもりの今、ミラノで人々の記憶に残るには、来場者の心に響く何かが必要だとの思いを強くしている。そして我々がやりたいこと、出来ることは何なのかを改めて悩んでいた。また、織物は生活の身近にあり、誰もが知っているものであるが、だからこそ、その深さを伝えることの難しさにも直面していた。
織物は、大きく次の3つの要素から構成されている。
・材料
・織組織(パターン)
・技法(織り方)
材料とは、織に使う糸の素材や種類のこと。素材では、絹・綿・麻・ポリエステル・レーヨン・ナイロンなどが良く知られたところで、それらの素材をどのような形にした糸を使うのかがポイントとなる。どのような太さにするのか、どのような色に染めるのか、また、組み合わせ方、撚り方(ねじり合わせ方)なども変えられるので、数えきれない程の材料がある。また、装飾を施すための、金・銀・プラチナ箔、一風変わった雰囲気を出せる紙糸、フィルムを裁断したフィルム糸などもある。
織組織とは、経(タテ)糸と緯(ヨコ)糸の交わり方。織物は基本的に経糸と緯糸で構成されている。経糸と緯糸を交互に規則的に交らわせると、凹凸のない滑らかな平織というシンプルな布になるが、交わりを1本置きにしたり、しばらく交らわせなかったり、同じところで2本交らわせて二重にしたり、糸を絡めたりして、織物にさまざまな表情を作っていく。
技法とは、どのように織るかという織り方。織組織とセットで考えていくのだが、織り方とともに、伝統的な手織りか機械織か、織機の幅や種類など使う織機の選択も必要だ。
この中で、我々が一番、知ってもらいたいのは、織組織の奥深さ。しかし織組織と言っても、ご存知の方は少ない。織組織の面白さを伝えるにはどうしたらいいのだろう。
「色を無くせばいいじゃないか」
色を制限すると、織組織の違いは、見て分かりやすいかもしれない。
織物の魅力を高めるために、多種多様な色をどう組み合わせるのか、どのような材料を使うのかを考えるのが、織物屋の醍醐味であり、美しい織物は美しい色が必須アイテムである。特に西陣織は絢爛豪華が特徴である。
そこからあえて色を取り上げて美しい織物は出来るのか?
見るに堪えない織物になってしまうのではないか?
テーマを黒に設定したのは、大胆な懸けでもあった。案の定、技術陣からの理解も得られなかった。
何のためにミラノデザインウィークへ出展しているの?
我々が作る美しい織物を知っていただくためではないの?
プリントにはできない、美しい色糸の組み合わせが ”織物の美” ではないの?
いつもは協力的な面々に笑顔は無かった。
過去のミラノデザインウィークでは、多くの人が Wow! と言ってくれた。それは、光っていたり、まるで織物に見えないからであって、なぜ Wow! なのか、までは伝えられなかった。織組織(織設計)のスゴサを伝えるには、色を1色にするしかない。
「・・・。一色でなんて、そんなにバリエーションは出来ないよ。
手織りと機械織、それぞれ5種類くらいがせいぜいじゃない?」
「いや、100種類欲しい」
「?」
ミラノデザインウィークに出展して以来、あれが、一番険悪な時間だったかもしれない。
色を一色に限定するのに、なぜ白ではなく、黒なのか?
黒墨・漆黒・濡烏(ぬれがらす)・鈍(にび)・呂色(ろいろ)・黒檀・紫黒・・・日本語には黒を表現する言葉が多くある。和装の礼装に用いられる黒は、深ければ深いほど美しいとされる。日本人や日本の文化にとって思い入れの強い黒、また特別な色である黒は、国外で発表するにはアドバンテージとなり得るかもしれない。そんな考えから、黒をテーマに決定した。
黒い織物を創る、一見、簡単なようにも感じる。黒い糸で織るか、既にある織物を黒く染めればいいだけの話である。しかし、表情の異なる100種類の黒い織物を創るとなると話は異なる。第一回目の試作検討会では、黒ではないファブリックが量産されてきた。
技術陣は想定外の課題に直面していた。販売商品を生産する際には、美しさの追求は惜しまないが、逆に色を変えたり、糸を変えるなど代替えの方法を選択し、あえてそこは無理をしない。目指す見え方を達成するまで限界に挑戦するというケースには、あまり遭遇しないのだ。また、黒は、光を反射させない・光を吸収するという特殊な色であるため、使い方が難しい。
柔らかな風合いのファブリック
温かみの感じられるファブリック
涼やかな雰囲気のファブリック
人間はこれらの感覚を、光と色によって感じている事も多いという。光の効果を得にくい黒に限って表情豊かなファブリックを作る場合、より糸の質感などに頼らざるを得ない。そこで、ポイントになったのは糸づくり。
まず糸を染める。染料が乗り過ぎる傾向の強い黒を慎重に染め、さまざまな素材・太さの黒糸を作る。そして、それらの糸を撚り合わせて、意匠糸(※)を何種類も作った。今度はその意匠糸を織っていくのだが、さまざまな糸が撚り合わされた糸は、織機が素直に受け入れてくれない事もあり、織機の微妙な調整を進めながら、織り進めていった。
(※意匠糸 いしょうし 数種類の糸を撚り合わせて作る糸)
そうやって試行錯誤を繰り返し、延べ1000回以上の試作を繰り返してミラノへ送り込む100種の黒の織物が完成した。
現場責任者は、
「苦労して作った、100種の黒。技術者らの苦労と汗は、これからの商品開発に活かされるだろう」
と微笑んだ。
これらの織物は、ミラノデザインウィーク2024で、照明デザイナーの岡安泉氏のアートディレクションによりお披露目予定だ。インスタレーション「百の黒」について、岡安氏よりこんなコメントをいただいた。
黒一色のみを使って技術や技法の組み合わせが異なる100種類の織物を作るという難しいテーマに、川島織物セルコンデザイナーを含む製作陣は100をはるかに超える大判の織物を作った。
今回の展示でご覧いただきたいのは、それら丁寧に作られた100種の黒い織物たちと同時に180年の歴史の中で培われた企業風土によってもたらされる同社が持つ技術・技法の多様性、対応力と精度の高さである。黒の強い印象とともに川島織物セルコンの持つ技術・技法の多様性を記憶に残し持ち帰って欲しい。
テーマ | 百の黒 - A Hundred Black - |
開催期間 | 2024年4月16日(火)~21日(日) 11 : 00 – 21 : 00 (最終日は18時まで) |
会場 | スーパースタジオ・ピュー (Superstudio Più) https://www.superstudioevents.com/ 住所:Via Tortona, 2720144 Milano MAP |
アートディレクション | 岡安 泉( 岡安泉照明設計事務所 ) |
ウェブデザイン | apart-apart inc. |
協力 | BROWN INC. |
特設サイト | https://www.kawashimaselkon.co.jp/event/milan2024/ |