最上のファブリックで最上のラグジュアリー空間を 名古屋マリオットアソシアホテル
- CASE STUDY
レースのカーテン越しに窓から降り注ぐ光。そんなやさしい光につつまれながらの読書は、本好きにとって至福の時ではないでしょうか。2022年10月から2023年3月にかけて開催された「LIBRARIES | 鎖でつながれた本と本棚と太陽」は、建築家の松井亮氏が、溢れる太陽の光に着想を得て会場を魅力的なライブラリーに仕立て上げた展示会でした。
この空間コミュニケーションが認められ、このたび、日本空間デザイン賞2023 審査員特別賞に輝きました。
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展示会の会場となった五色橋ビル(東京都港区)は、1986年に倉庫兼研究開発施設として建設され、現在はその役割を終えて異なる用途への転用が始まっています。戦後、倉庫や工場の街として栄えたこの地区は、集合住宅やオフィスが混在するハイブリッドな街へと変貌を遂げており、「LIBRARIES | 鎖でつながれた本と本棚と太陽」は、この地区に残る五色橋ビルのような古い建物が、街に根付きながら変化を続け、建物としての価値を高める新たなリノベーションを探る試みでもありました。そこで簡単に着脱でき、コンパクトで可搬性のあるカーテンを、空間を間仕切る素材として採用いただきました。
かつて本は本棚と鎖でつながれており、本は本棚の近くでしか読むことができないため、本棚は窓からの光がとどく場所にありました。この展覧会では、個性的な10種類の本棚が新しい思考と出会う場所として設置され、移りゆく光を感じながら、各本棚に込められたテーマに紐づく本との遭遇を楽しむことができるというものでした。
展示会のテーマであった「太陽の光」を直感的に感じられるデザイン ― 松井氏が考えられたのが、レースのカーテンを使うことでした。日中の光は白く、夕方は赤味がかかって見えるように、太陽の光は日の出から日没まで色温度が大きく変化します。太陽の光をレースのカーテンにのせることで、その変化を可視化し、来場者に感じてもらおうというものです。
会場に大きく吊られたレースカーテンは、透過度やテクスチャーの異なる白色の24種類。約50カ所を短冊状に継ぎ合せることで、時間によって移ろいゆく光をより鮮明に映しだし、それぞれの本棚との出会いを、優しく、やわらかく包み込みました。
松井氏は、2020年に自身のオフィスのカーテンで色々なアイディアを試されていました。それは、異なる生地を異なる幅で帯状に継ぎ合わせるという、一般的なオフィスや住宅のカーテンには無い、私たちがこれまで思いもつかなかったカーテンの仕様でした。
その際に松井氏から出された要望は大きく二つ。一つ目は、帯状に継ぎ合わせた素材がよりプリミティブに見えるように、縫製の存在感を極限まで少なくすること。二つ目は、1枚の布に仕立てたカーテンに美しい陰影がでるよう、均一なウェーブをつけることでした。
まず縫製の存在感を極限まで少なくするという事については、通常、カーテンの縫製は、高級感を出すために広い幅の折返しにするところを、今回は ”ヒートカット” という熱で生地を溶かしながら切る方法を用いて縫製の存在感を減らし、素材そのものの表情(テクスチャー)を際立たせるように工夫しました。
カーテンはヒダを取ると比較的均一なウェーブが出やすいのですが、松井氏が採用されたのは、ヒダ山を取らないフラットカーテンでした。そこで、フラットカーテンで均一なウェーブを出すために、フックとフックの間をチェーンで固定させる「ノンタックウェーブ」というスタイルに決定いただき、表情豊かなカーテンが出来上がりました。
松井氏はこの経験があったからこそ、今回の展覧会では、はじめからカーテンを使おうと考えていたそうです。
様々な既製品のカーテン生地を繋ぎ合わせて「1枚の布」を縫製するという手法は、いつでも簡単に増幅できて汎用性も高いうえにデザイン性にも優れている、リノベーションという物件特性に沿うものでした。建物が時を経た際に、いくつかの生地が廃番になっていたとしても、また新たな生地を合わせ、その変化を許容し全体の様相としては変わらない。現代にマッチしたエコでサスティナブルな考え方のデザインかもしれません。
カーテンは、窓辺に使う以外にまだまだ可能性があるとおっしゃる松井氏。断熱性・吸音性・調光性があり、持ち運びも簡単。ビルまるごとリノベーションなど、布で空間をくるんでしまうプロジェクトが出てきたりしたら、面白そうです。
展覧会を企画された建築家の松井様に、展覧会を終えてのご感想をうかがいました。
― 霧の中のような不思議な体験
24種の白いレースが連なった不揃いなカーテンは、霧の中にいるような不思議な体験を生み出すことができました。遠くから見ると白く半透明な楕円の塊は、近づいて見ると質感や透明度の異なるレースが何枚も丁寧に継がれた1枚のカーテンだと気づきます。
楕円の内側からレース越しに外側の空間を見ると、所々で奥行が変わり、様々な陰影が現れます。今回の展示のテーマでもある太陽の光が作り出す居場所を体現する場となりました。― 身近な素材に向き合い、新しい風景を作り出したい
誰もが記憶にある身近な素材に向き合い、これまでにない新しい風景を作り出すことを今後も検討していきたいと思います。
松井 亮 / Ryo Matsui
1977年滋賀県生まれ。2004年に東京芸術大学大学院修士課程を修了、同年に松井亮建築都市設計事務所を設立。これまで手掛けた主なプロジェクトは、ミラノサローネのインスタレーション「Overture」,東日本大震災で損傷した蔵を改修した集会場「Rebirth House」,羽田空港の和食専門店「Hitoshinaya」,学校林の木で設計した木造校舎「自由学園みらいかん」,城崎温泉の文化発信拠点「さんぽう西村屋本店」等がある。主な受賞暦は、AR House Awards 2015 / Highly Commended・次点(英),CONTRACTWORLD AWARD 2010 / 最優秀賞(独),AIT AWARD(独),Restaurant and bar design awards(英),グッドデザイン賞 / BEST 100(日),JCDデザインアワード / 金賞・銀賞・ 審査員賞(日),JID AWARD(日),他多数。
公式HP:https://www.matsui-architects.com/