1. KAWASHIMA Stories
  2. OBI
  3. 400年を経て受け継がれる格子文様 𠮷野太夫が愛した𠮷野格子

400年を経て受け継がれる格子文様 𠮷野太夫が愛した𠮷野格子

400年を経て受け継がれる格子文様 𠮷野太夫が愛した𠮷野格子

二代目𠮷野太夫をご存知でしょうか?
京都最古の遊里・六条三筋町(島原の前身)の太夫で、あらゆる芸事に秀でた美しい女性でした。彼女が愛したものは、現在でもさまざまな場面で受け継がれ、愛されています。

TAG

太夫は憧れの女性

太夫とは、江戸時代の花街での最高位のことで、品格・教養・芸事全てにおいて優れたほんの一握りの女性にしか与えられない位でした。天皇に謁見が許された十万石の大名と同じ最高位の官位「正五位(しょうごい)」を持ち、公家や大名、文化人など上流階級の人たちをもてなしていたようです。中でも二代目𠮷野太夫(1606~1643)は頭脳明晰、容姿端麗の類まれなる才能の持ち主で、茶道、華道はもちろん、詩歌、管弦、和歌、聞香(もんこう)などの諸芸能に優れ、随一の太夫とうたわれ、夕霧太夫・高尾太夫とともに「寛永三名妓」と称されていました。

二代目𠮷野太夫のセンスは、こんなところにも

名物裂「𠮷野間道」

そのような二代目𠮷野太夫の名は、当時の書物をはじめ、近年ではさまざまなところで聞かれています。ドラマや映画などに登場したり、町家や茶室に使われる「𠮷野窓」、茶道に用いられる「𠮷野棚」など二代目𠮷野太夫ゆかりのものが現代にも引き継がれています。
文様もその一つで、二代目𠮷野太夫が愛した間道(縞模様)は「𠮷野間道(よしのかんどう)」と呼ばれ、茶道に関わる裂地である名物裂のひとつにあげられています。
𠮷野間道は、江戸時代の初期に、豪商 灰屋紹益(はいやじょうえき)が後に妻となる𠮷野太夫に贈ったと言われる裂で、濃緑の太い縞をエンジ色や白などの細い縞で囲み、同色の浮織縞(糸が地の部分より浮いて見える縞)を横に通した文様です。格子柄のようにも見える独特の存在感が魅力で、現在でも多くの場面で使われています。

川島織物文化館では、安土桃山時代のものと考えられる名物裂「𠮷野間道」を収蔵しています。茶入れの仕覆(しふく)に用いられていた裂地のようですが、今見ても、とても魅力的な裂地です。

右は拡大

𠮷野間道に取材した川島織物のなごや帯「𠮷野格子」

川島織物セルコンでは、𠮷野間道よりイマジネーションを受けてデザインした、「𠮷野格子(よしのごうし)」という名のなごや帯を生産しています。吉野間道の魅力を最大限に引き出すべく、さまざまな工夫を凝らした帯です。
しっかりとした平織りの地の上に、まるで真田紐を組み合わせて格子状に取り付けたかのように、太い糸で畝(うね)を立体的に織り出しています。ベースとなる生地と真田紐の部分(真田織)を分けて織っているのではなく、1本の緯(ヨコ)糸で同時に織っていますので、真田織に使う経(タテ)糸、ベース地に使う経糸2種の計3つの経糸の張力を調整しながら織り進めており、手織りでしか出来ない帯です。また、真田紐のように見える縦の紐と横の紐の交点が、交互に上下しているように見えるのもポイントです。

右は拡大
なごや帯「𠮷野格子」の製織

𠮷野太夫と和装

帯へ感謝する ”帯供養”

二代目𠮷野太夫は、𠮷野間道や𠮷野格子といった文様をはじめ、現代の和装文化とも深い関わりがあります。京都の洛北・鷹峰にある、二代目𠮷野太夫の菩提寺である常照寺。常照寺の境内には、きもの愛好家や染織文化に携わる人々の心の一里塚として建立された、帯塚があります。これは、女性に関わりのある場所に帯の供養塔をという関係者の思いから、聡明で美しい二代目𠮷野太夫に所縁のある常照寺に建てられたものです。
川島織物セルコンは、例年、帯の製造を手掛ける帯メーカーとして、帯への尊敬と感謝の念を表して“帯供養”を行っています。

二代目𠮷野太夫を知る 常照寺「𠮷野太夫花供養」

二代目𠮷野太夫のお墓がある常照寺では、毎年4月の第2日曜日に二代目𠮷野太夫を偲ぶ「𠮷野太夫花供養」が行われています。当日は、内八文字を踏みながら太夫が歩む太夫道中が見られ、当時の華やかな太夫の様子を垣間見ることができます。その他、太夫による供茶や奉納演奏、トークショー、写真撮影会なども行われます。

  • 見学には事前にチケットの購入が必要です(当日券はありません)
  • 詳細は、常照寺までお電話でお問合せ下さい。

□お問い合わせ先 寂光山常照寺(じゃっこうざんじょうしょうじ)
  電  話 : 075-492-6775
  公式HP : http://tsakae.justhpbs.jp/joshoji/toppage.html

𠮷野太夫花供養 の様子(提供:常照寺)
   
   

豆知識 名物裂(めいぶつぎれ)

名物裂とは、お茶席などで目にする掛け軸の表装や袱紗などに用いられた織物、裂地(きれじ)のことを言います。鎌倉時代から江戸時代に海外から入って来たものが多く、二代目𠮷野太夫に贈られた𠮷野間道も17世紀初めにペルシャあたりで織られたものと考えられています。
現在では、名物裂の文様は茶道の世界にとどまらず、帯や着物の柄として多く用いられています。

   

関連記事
供養とは、全てのものの「いのち」への感謝
— 帯供養について京都・常照寺 奥田住職に聞く

NEW ARTICLE